そういえば!!
Posted by: 千葉訓
2008/06/22 18:54
皆さん、、ご無沙汰しております。
今日も、雨ですね。昨日も雨でした。
ただしっ、大方の天気予報を覆し、昨日はA~Eまで、今日はSとAまで行うことができました。それでも、降ってきてしまいましたが・・・。(泣)
さて、本日は横山支配人の代行で国立のレッスンを行いました。9:30からのジュニアレッスンは行えたのですが、その後のレディースクラスは残念ながら途中で中止となりました。残念、無念!!
さて、国立からベルコモに戻ってくると本城コーチ、内田コーチが「今、地震がありましたけど、気づきました?」だそうです。全然気づきませんでした!?
地震と言えば、先日の『岩手・宮城内陸地震』には驚かされました。今回、被害にあわれた方々には誠にお気の毒のことと、存じます。お気持ち、お察しいたします。
さて、実は私の実家も宮城県古川市(現在は合併などで名称が大崎市に変わりました。)というところで、皆さんにはご心配をおかけいたしました。
ただ、私の実家(母親の再婚先)は義父に連絡しましたが、大きな建物の損傷はなく、家の中のものが、少し壊れた程度だと言うことです。
実は田舎の大崎市も被災地の栗原市も広く、隣の市町村ではありますが、大崎市の多くは米どころでもあり、平野の地域なので、山間部のような甚大な被害は少なかったようです。
また、実直で用意周到な義父は近々、また大きな地震があるのではとの予測のもと、箪笥やテレビ、家具などを壁にくくりつけ、補強をしていたようで、食器などが豪快に割れた程度で済んだようですが、さすがです。私とは違い、よく気がつきます。
実は、30年ほど前も『宮城県沖地震』という大きな地震がありまして、その教訓が生かされているのかとも思います。県民はまた、そろそろ・・・。と心構えをしているところもあったようです。
そのころ、私は小学生でしたが、その当時の記憶は今も鮮明に覚えております。
当時、母親と二人暮らしの私は、母親の帰宅まで家で1人テレビを見ていたのですが、突然「ドンッ!」と、下から突き上げるような揺れの後、「グラッ、グラッ!!」と大きな揺れが起こり、たちまち小さな私はパニックに!!
それでも、まずは「火の元の始末。」と確認し、すかさず、机の下に潜り込みます。ここまでの動きは我ながらすばやかったと感心しておりますが、その後はやはりまだまだ小学生、机の下に隠れながら、家の中のテレビや箪笥や家具がすべて豪快に倒れてきたときは家も倒壊するのではないかと不安で不安で、ただ、恐れおののくばかり。
ひとしきり、揺れが続きましたが、それが収まり、しばらくは動けませんでした。我に返り、家を出ていくと、そこに母屋から祖母が血相を変えて飛んできました。その直後に、母親も帰宅、家族の無事を確認し、めでたし、めでたし。
ひとしきり、家族の対話の後、みんなで後片付け。近所に住んでいた従兄弟の兄貴たちも手伝いにきてくれたのですが、私はというと、しばらくは茫然自失でそこにいました。
そして、作業中の家のものに対してようやく発した私の言葉は「ねえ、なまずを飼おうよ。」って、何じゃ、そりゃ!?ですよね。でも、それは本気に飼いたかったのです。なぜなら、なまずは地震を予知するとかニュースで言ってたからなのですが・・・。
そんな、純粋な頃をふと思い出しました。それにしても、たまに書き出すと私の日記は長いなあ。
さて、話は戻り、こんなときに皆さんのちょっとしたお気遣いが嬉しかったりします。今回の地震の後、何人かの方が、すぐにご連絡を頂き多くの方から「ご実家のほうは大丈夫ですか?」など、多くのメールなどを頂きました。ありがたい気持ちでいっぱいです。
本社の丸山取締役などは以前は一緒の事業所にいたこともあり、よく顔をあわせることもあったのですが、最近は、年に数回ぐらいしか会わないかな!?って、感じですが、いきなり翌朝、電話がなり、私は何事かと恐る恐る出たら、「お~、千葉~、お前の実家は大丈夫か~?」なんとも、嬉しいモーニングコール??でしたが、ありがたいですね。
そんな、気遣いにすぐに感激する千葉です。
そんな、感動、感激をテニス、又はレッスンを通して、皆さんにお伝えしていきたいと思う今日この頃です。
でも、雨じゃ~!!
「明~日っ、天気にっ、な~れ!!!」
今日も、雨ですね。昨日も雨でした。
ただしっ、大方の天気予報を覆し、昨日はA~Eまで、今日はSとAまで行うことができました。それでも、降ってきてしまいましたが・・・。(泣)
さて、本日は横山支配人の代行で国立のレッスンを行いました。9:30からのジュニアレッスンは行えたのですが、その後のレディースクラスは残念ながら途中で中止となりました。残念、無念!!
さて、国立からベルコモに戻ってくると本城コーチ、内田コーチが「今、地震がありましたけど、気づきました?」だそうです。全然気づきませんでした!?
地震と言えば、先日の『岩手・宮城内陸地震』には驚かされました。今回、被害にあわれた方々には誠にお気の毒のことと、存じます。お気持ち、お察しいたします。
さて、実は私の実家も宮城県古川市(現在は合併などで名称が大崎市に変わりました。)というところで、皆さんにはご心配をおかけいたしました。
ただ、私の実家(母親の再婚先)は義父に連絡しましたが、大きな建物の損傷はなく、家の中のものが、少し壊れた程度だと言うことです。
実は田舎の大崎市も被災地の栗原市も広く、隣の市町村ではありますが、大崎市の多くは米どころでもあり、平野の地域なので、山間部のような甚大な被害は少なかったようです。
また、実直で用意周到な義父は近々、また大きな地震があるのではとの予測のもと、箪笥やテレビ、家具などを壁にくくりつけ、補強をしていたようで、食器などが豪快に割れた程度で済んだようですが、さすがです。私とは違い、よく気がつきます。
実は、30年ほど前も『宮城県沖地震』という大きな地震がありまして、その教訓が生かされているのかとも思います。県民はまた、そろそろ・・・。と心構えをしているところもあったようです。
そのころ、私は小学生でしたが、その当時の記憶は今も鮮明に覚えております。
当時、母親と二人暮らしの私は、母親の帰宅まで家で1人テレビを見ていたのですが、突然「ドンッ!」と、下から突き上げるような揺れの後、「グラッ、グラッ!!」と大きな揺れが起こり、たちまち小さな私はパニックに!!
それでも、まずは「火の元の始末。」と確認し、すかさず、机の下に潜り込みます。ここまでの動きは我ながらすばやかったと感心しておりますが、その後はやはりまだまだ小学生、机の下に隠れながら、家の中のテレビや箪笥や家具がすべて豪快に倒れてきたときは家も倒壊するのではないかと不安で不安で、ただ、恐れおののくばかり。
ひとしきり、揺れが続きましたが、それが収まり、しばらくは動けませんでした。我に返り、家を出ていくと、そこに母屋から祖母が血相を変えて飛んできました。その直後に、母親も帰宅、家族の無事を確認し、めでたし、めでたし。
ひとしきり、家族の対話の後、みんなで後片付け。近所に住んでいた従兄弟の兄貴たちも手伝いにきてくれたのですが、私はというと、しばらくは茫然自失でそこにいました。
そして、作業中の家のものに対してようやく発した私の言葉は「ねえ、なまずを飼おうよ。」って、何じゃ、そりゃ!?ですよね。でも、それは本気に飼いたかったのです。なぜなら、なまずは地震を予知するとかニュースで言ってたからなのですが・・・。
そんな、純粋な頃をふと思い出しました。それにしても、たまに書き出すと私の日記は長いなあ。
さて、話は戻り、こんなときに皆さんのちょっとしたお気遣いが嬉しかったりします。今回の地震の後、何人かの方が、すぐにご連絡を頂き多くの方から「ご実家のほうは大丈夫ですか?」など、多くのメールなどを頂きました。ありがたい気持ちでいっぱいです。
本社の丸山取締役などは以前は一緒の事業所にいたこともあり、よく顔をあわせることもあったのですが、最近は、年に数回ぐらいしか会わないかな!?って、感じですが、いきなり翌朝、電話がなり、私は何事かと恐る恐る出たら、「お~、千葉~、お前の実家は大丈夫か~?」なんとも、嬉しいモーニングコール??でしたが、ありがたいですね。
そんな、気遣いにすぐに感激する千葉です。
そんな、感動、感激をテニス、又はレッスンを通して、皆さんにお伝えしていきたいと思う今日この頃です。
でも、雨じゃ~!!
「明~日っ、天気にっ、な~れ!!!」













